ボクっ娘淫魔の巣窟 相対正義ドーテイダー

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相対正義ドーテイダー

 ボクっ娘メイドとの戦いから三日後――夕方。

 雨が降っていた。

 俺の見る限り雲は全くといっていいほどないのに、夕焼けで赤くなった空から雨は降り続けている。

 狐の嫁入りという奴なのだろう。そう言えば、狐は離婚とかしないのだろうか。離婚したら晴れてるのに雪でも降るんだろうか。

 俺はそんな下らないことを考えながらファミレス『ジョナ○ン』の軒先で他の二人を待っていた。

 今回は『ジョナ○ン』で食事を取る訳じゃない。ただ俺たちはここで一緒にアルバイトをした仲だったし、俺が他に集合場所を知らないというのが一番の理由だった。

 もともと人付き合いが嫌いな訳じゃない。酒だって飲むし、同僚と一杯やるのも好きだった。

 アイツも。酒が飲めるようになってから、一緒に店をはしごしたし、笑い上戸だったから楽しく酒も飲めた。

 ただ、あの日からしばらく俺は酒を飲む気分になれなかった。一時期、何もかも嫌になったこともあった。

 だが今日来たのは、そんな自分に区切りをつける為だった。

 「――あっ、先輩!」

 見ると、一人の女の子が目の前までやってきた。言葉のイントネーションが違う関西出身の、ツインテールの可愛らしい女の子――俺のバイト先の後輩だ。

 「早いんですねー。いつもウチが一番なんですけどー」

 「性分でな。タダシの奴、また遅刻か」

 もう一人の後輩はまだ来る気配がない。まあ、アイツが時間をきっかり守るとは思えないが。

 「まあ、そのうち来るだろ。今日は、よろしく」

 「はい。何をすればいいんかサッパリ分かりませんけど、よろしゅうお願いします!!」

 元気良く言う彼女を見ていると、ふとアイツのことを思い出す。俺の良く知っている幼馴染の女を。まだ人間だった頃のアイツのことを――

 「先輩、どーしたんですか?」

 「ん。いや、なんでもない……」

 自分でも歯切れの悪い返事だと思った。俺はまだ、引きずっている……アイツのことも。守れなかったことも。

 そして、目の前の彼女にも、アイツの面影を重ねて見ている――

 かなりの、重症だ。

 だが、それに甘んじている訳にはいかない。

 「今日は、楽しもう」

 「はい! そうですね!!」

 目の前の彼女の明るい笑顔を見て、俺もつられて笑う。ただそれは本当に彼女の笑顔を見て笑ったのか、彼女と重なるアイツの笑顔を思い出して笑っているのか、今の俺には分からなかった。

◆ ◆ ◆

「ああっ……いいわ」

 女の髪から薔薇の香りが漂ってくる。綺麗なうなじが色っぽくて肉欲をそそる。彼女の後に座っていた男は、背後から手を伸ばして彼女の胸を揉み、陰部に指を入れ始めた。

 レオタードの下に隠されたそれはもうすでに濡れており、指を入れただけで肉の壁がまるで別の生き物のように吸い付いてくる。

 薔薇の香りがより一層強くなったような気がした。

 ――いいのか、本当に。

 淫靡な行為にふけっていた男の頭にふと冷静な声が聞こえた。

 そこは、妖しい雰囲気を醸し出すホテルの一室だった。ピンク色の照明に照らされた広い部屋――目の前にいるのはむしゃぶりつきたくなるくらいにいい女だ。姿格好からしてもどこかの風俗店か何かに勤めているのは間違いない。歳はまだ20代を折り返したくらいだろうが、艶やかな雰囲気と美貌は、どんな店でもNo.1を取れそうなくらいに飛び抜けている。

 どうしてこんな女が自分なんかを……

 「どうしたの……」

 妖艶な笑みを浮かべて、女はこちらに顔を向けた。艶やかな美貌と色っぽい唇がそそる。だが――

 「ど、どうして、俺なんかとする気になったんだ……?」

 それが一番の疑問だった。

 相手はどんな男でも振り返るほどの美女だが、自分は仕事も家もない――いわゆるホームレスだ。そんな自分に、彼女が声を掛けてくるなんて信じられない。だが彼女はまた艶っぽい笑みを浮べて――

 「貴方だから選んだ、と言ったら、信じるのかしら?」

 「い、いや、だが……」

 信じられないと言おうとした瞬間に、彼女の唇が、彼の唇と重なった。しかも彼女の舌が彼の口内へと侵入し、ねっとりと嘗め回す……あまりのテクニックに、彼の頭の中がふやけてきた。

 そして、唇を離した女はこう囁く。

 「いいじゃない。つまらない現実なんて忘れて……あなただってしたいんでしょ? ふふっ……」

 「あ、ああ……」

 彼の男根はもう限界だった。彼女の挑発的なしぐさが、行動が、そして辺りに香る薔薇の芳香が、彼を狂わせる。

 ――犯したい。

 彼女を犯して犯して犯しつくしたい。

 彼は彼女をベッドに押し倒した。彼女はふふっと妖艶な笑みを浮べて、言った。

 「もう我慢できないでしょ……私の中にいっぱい出して……ふふっ。何もかも忘れさせてあげる……永遠に覚めない淫らな夢の中でね……ふふっ」

◆ ◆ ◆

「「「乾ぱーっいッ!!!!」」」

 運送のバイトが終わった後、俺はバイト仲間二人と共に上の繁華街の飲み屋に来ていた。明日はオフで暇だし、労をねぎらうという形で行われる、気の知れた後輩と三人での飲み会である。

 繁華街、と言われるとどうしても喧騒の多いイメージがあるだろうが、俺が今いる上野繁華街は上野公園が間近に存在するため、あまり繁華街特有の煩さは感じない。下町情緒溢れる場所だ。ただ夜になれば活気付くし、外国人の女性が客引きをする、そんな場所だ。

 下町風情漂う町の小さな酒場は、騒がしくとも過ごしやすい……そんな雰囲気を漂わせている。

 ボクっ娘メイドの襲撃から三日が経ち、今のところ目立った動きがないこと、ずっと肩肘を張っていたせいか疲れが溜まっていたこともあって、今日は気分転換という形で後輩二人の誘いに応じた。

 俺が生ビールを軽く仰いでいると――

 「――ぷはーっ。この為に生きてるッスよねえッ!!」

 隣のダチがそんなことを言った。茶髪で人懐っこそうな顔をしている痩せ型の男 タダシが生ビール片手にそんなことを言った。

 俺より一つ年下で、俺のことを先輩先輩といつも頼ってくる。かなりのお調子者だが、どこか憎めない。

 「あははっ。タダシ~、メッチャジジ臭さ丸出しやで、そんなんじゃ、ウチのオトンよりジジ臭いわぁ」

 「ジジ臭くてケッコー。どこかの野球狂みてえに酒の美味しさも分からねえ女よりゃマシっス」

 「へー。確かに可哀想やなぁ。けど酒も野球の素晴らしさも分からん茶髪ヤローよりはマシとちゃうか? その点ウチは野球も酒も大好きやしー」

 もう一人のバイト仲間であるショーコが軽口を返した。大阪生まれの大阪育ち――だが、諸事情によりこちらに移ってきたらしい。タダシとは高校が同じだったようで、妙に息が合っている。

 「酒が好きでも味が分からなかったら意味ないっスよねー。ただアルコールだけ入ってりゃいいんスから、エタノールでも飲んでればいいんじゃないんスかー?」

 「あははっー。でも、味がどうこう言ってても、本当に違いが分かるんやろか? ただ酒ってラベル貼ってりゃ、水でも酔っていそうなもんやけど……」

 「あっはっはっはっ。そんな訳ないッスよー」

 「そやねー。あっはっはっはっはっ」

 「……そこ。笑顔で冷戦を始めるな」

 俺は深々とため息を吐きながら言った。お互いに本気で言っている訳ではないのだが、巻き込まれる立場としては出来るだけ穏便に飲み会を始めたい。

 「しっかし、先輩が来るなんて珍しいっスねー。いつも、バイト終わったらすぐに帰っちゃうのに」

 「……まあ、たまにはな」

 「へー……。まあ、いいッスけどね。俺達、先輩とは一回飲みに来たいとは思ってましたしー」

 「そやねー。いっつも、タダシのふざけた顔だけやなくて、先輩さんみたいなおっとこ前―な顔見ながら飲んだ方がずーっと美味しい酒になるやろしねー」

 「あっはっはっはっはっ」

 「あははははははははっ」

 「……だーかーらー、やめろっちゅうに」

 俺は軽~くため息を吐いた。

 「――で、先輩、ぶっちゃけ、彼女いるんスか?」

 「ぶっ!!」

 俺がまた酒を飲み始めた時に、タダシがそんなことを尋ねてきた。俺はもう、酒が逆流して苦しいのなんので激しく咳き込む。

 「な、何だよ。いきなり」

 「えーっ、やっぱり聞きたいじゃないっスか。どーせ、いるんでしょ? いるんでしょ?」

 「い、いや、それは……」

 俺が口ごもっていると――

 「ウチ、知ってるー!!」

 いい感じで酔っ払っていたショーコが声を上げた。

 「この間アキバで一緒に歩いてたーっ!!」

 「おおっ!! でかしたっスショーコ!! で、どんな感じッスか?」

 「ホンマに可愛い娘でなーっ!! ショートカットの女の子やったっ!! ありゃ、ウチより年下やな!!」

 「うおっ!! 衝撃の事実発覚っスね。噂の美形フリーターは年下好み!! 実はロリコンか!!?」

 「うわーっ、ショックやわー。ウチも好みやったのにー」

 「っておいっ!!」

 妄想機関車が暴走し始めたので、俺は咄嗟に二人の妄想を押さえ込んだ。

 「勘違いするなっ!! アイツは幼馴染で、言っとくが、俺と同い年だぞ!!」

 「ええっ!! アレでウチより年上……」

 ショーコは虚空を見つめて――

 「ありえへんわ……確かに胸の大きさは、ウチよりもずっと大きかったけど……」

 「ほほぉ。新説突入ッスね。噂の美形フリーターは大のおっぱ――」

 ばたんっ!!

 俺は、タダシの前にメニューを叩き付けた。もうこれ以上、この話題を進めさせる訳にはいかん。

 「……追加注文あるか?」

 「じゃあ、俺ナマ一丁ッ!!」

 「ウチ、カシスオレで!!」

 図ったように言う後輩二人――俺は、ため息を吐きながらも、まだ何となく人らしい生活が遅れるのだとほっとしていた。



 しばらくしておつまみが店員さん経由で運ばれてきた。適当に頼んだ中で、シャコエビが入った料理を見て、ショーコの目が輝き出す。

 「おおっ、シャコエビやん。うち、これに目がないんや」

 「ん? なら、食うか」

 俺は自分の皿に置いていたシャコエビを、箸で取った。

 「俺も嫌いじゃないが、好きでもないし……」

 「ほんま!? なら、いただきますわ!」

 ショーコは、自分の皿を差し出して受け取ると、すぐにパクパクと食べ始めた。

 「あーあー。いやッスね~、色気より食い気って感じで」

 「食べ物も美味そうに食べれん方がよっぽど不幸やで。そう思いませんか、先輩?」

 「ん。ああ……」

 不意に尋ねられて、俺は苦笑しながら答えた。前にアイツにもそんなことを言われたような気がする。

 アイツか……

 もう、飲みに行くこともないんだろうな……

 「あーっ、やっぱシャコエビはええわっ! 特に、柔らかい中にポリポリのが入ってるのが一番ええっ!! やっぱり大切なのは中身やなぁ……しっかし、何でこんな柔らかい身が、硬いカラの下にあるんやろ」

 「……柔らかい身を守る為にカラがあるんスよ」

 「おおっ!! さすがタダシっ!! どーでもええことは知ってるんやなっ!!」

 「ケンカ売ってるんスか?」

 「おー、ただでは売らんで!!」

 タダシとショーコがまたケンカ腰(のフリ)になる。俺もまた止めに入るフリをしながら、内心苦笑していた。何と言うか、これが二人のコミュニケーションの取り方なのだろう。巻き込まれる方としてはたまったもんじゃないが、特別不快という訳でもない。

 俺とアイツもこんな感じだったのかな……

 俺は生ジョッキを飲み干した。



 「……そーいや、先輩。知ってます?」

 何やかんやで数時間 飲み会を続けていると結構盛り上がってると、タダシがこんなことを言ってきた。

 「最近、《神隠し》が流行ってるって噂」

 「《神隠し》?」

 「ええ。何でも、突然人がいなくなるって話で……ニートとかフリーターとかそういう人が部屋の中からいなくなったり、病院や老人ホームから人がいなくなったり……こないだも、ホームレスがいなくなったって……」

 「いや。ホームレスは仕方ないだろう」

 東京の各地には大勢のホームレスが住んでいる。いくら地球温暖化だとか騒がれていても、今も夜は寒い。彼らが更に住みやすい場所を探して移り住んだという可能性だってある。だが――

 「いや、そういうんじゃないんスよ」

 タダシが、珍しく真面目にこう言った。

 「俺のダチが、ホームレスの溜まり場になっていた公園の近くに住んでいるんスけどね。何でも、今まで集めてた荷物とかみんな残していなくなっちゃったんスって。しかも一人じゃないんスよ。結構たくさん。心配したホームレス仲間が失踪届け出そうとしたとか、結構あるみたいで……」

 「……へえ」

 ホームレスがどんな生活をしているのかは知らないが、やはり今まで得てきた荷物をみんな捨てて移動するというのはあまり考えられないだろう。

 「それで、誰も住まなくなったダンボールハウスが増えたっていうんで、区役所の人がそれ撤去しようとしたんですって。そしたら大変だったみたいッスよ。仲間はいつか帰ってくるから、余計なことすんなーって」

 「……まあ、そうだろうな」

 同じ境遇の仲間がいなくなったとは言え、勝手にもう帰ってこないと判断されて残していったものまで取り上げようとされたら頭にも来るだろう。

 「ところが……ここから変な話なんスけど」

 「ん?」

 「次の日、また区役所の人が来たんですって」

 「……まあ、仕事だからな」

 公務員も大変だ。

 そんなことを思っていると――

 「そしたら……いなくなってたんすよ。前の日に騒いでいたホームレスの人が、全員……」

 「……」

 「……た、確かに変やな、それは……」

 ショーコも同意する。

 確かにおかしい。何か作為のようなものを感じる……

 「まあ、他にも噂は尽きないんスけどね……インターネットでエロ画像見てたアキバ系がいなくなって部屋の中にはその画像が映されたまま誰もいなくなってるとか、そういうの調べようとした人間が消えていくとかそんなのばっかりで……最近本当に物騒なんスよ」

 タダシはそういうと、自分のジョッキに残っていたビールを飲み干して言う。

 「そんな訳で、先輩も恋人さんを大切しないといけないっスよーっ!!」

 「って、そこに繋がるのかいッ!!」

 「当たり前じゃないッスか~ッ。好きな女一人守り切れないと、男としてかっこ悪いッスよ、ホント」

 「……――ッ!!!!!」



 ガタンと俺はテーブルを叩いていた。

 一瞬、今まで湧いていたテーブルが沈黙する。

 「せ、先輩……?」

 タダシも、ショーコも、何事かと怯えているようだ。

 俺はかっとなった感情を何とか沈めようとしていた。

 ――落ち着け。

 今何をしたって、どうしようもない。

 立ち上がってしまったのは酒のせいもあるだろう。いつもなら、こんなに感情的にならないのに。

 きっと酒のせいだ。

 きっと……

 「先輩……?」

 不安そうな二人の声を聞いて、俺は笑顔を取り繕った。そして――タダシにスリーパーフォールドをかける。

 「せ、先輩……っいててて……っ!!?」

 「俺がかっこ悪いって言ったのはこの口か!? 生意気なのはこの口かコラあんっ……!?」

 「す、すみませんでしたっ!! ギブギブッ!! ギブギブッ!!」

 「お、おーっ!! やったれっ!! やったれっ!!」

 ショーコの声援を聞きながら、俺はタダシの首にスリーパーを掛け続けた。心の中にある怒りを少しでも、落ち着けながら。



 「――じゃ、そろそろ帰りましょっか」

 終電の時間が迫っているということで、タダシがそんなことを言い出した。

 名残惜しいが、確かに潮時だろう。代金は俺持ちで、三人は店の外に出た。

 「ゴチになりますっ!!」

 「ゴチになりますっ!!」

 「いいさ、別に」

 後輩二人が深々とお礼するのを、俺は手で差し止めた。貯金はあるし、同居人がコスプレにハマって浪費家だった為に、俺が金を管理していたこともあって、金勘定には自信があった。

 「で、お前らあっちだっけ?」

 「そーですね。じゃ、ここで解散しましょかッ」

 「ああ。気を付けて帰れよ」

 俺がそう言って、帰路に着こうとすると――

 「先輩」

 タダシがいつになく、真面目そうな顔をしていた。

 「すみませんでした」

 ペコリと頭を下げた。さっきの俺の行為を気にしていたのだろう。あの後、冗談で済ましていたのだが、気にしていたのだろう。

 俺は、軽く噴出して言った。

 「……冗談だよ。冗談。お前が下らないことばっかり言うから、からかっただけさ」

 もちろん、そんなわけじゃない。でも、せっかくの飲み会で雰囲気をぶち壊す気にはなれなかった。

 「でも……」

 「気にすんなって。じゃ、またな」

 俺はそう言って笑い、二人と別れた。一人になると、何だか夜風が余計に寒く感じられた。



 〈――ぃ、いや……〉



 今でも俺は、鮮明に覚えている。



 〈た、助け……助けてッ!! 助けてよッ!!〉



 アイツの悲鳴を。

 アイツの泣き顔を。

 そして、アイツの最後を。



 デートの帰り道に、いつもの夜道を歩いていて、俺たちは不意に襲われた。

 人間の姿をした、機械の人形に。

 趣味の悪いメタリックなマネキンに。

 俺は突き飛ばされ、ポリバケツやら出し忘れたようなゴミ袋の上にぶつかった。

 よくボクサーが顎を殴られて脳が揺れると動けなくなるという話を聞いたことがあるが、きっとあの時の俺も同じだったのだろう。

 立ち上がろうとしても、立ち上がれない。

 足に力を入れようとしても、足に力が入らない。

 その間にも、メタリックなマネキンは、アイツを捕らえようとしていた。怯えて、泣きじゃくって、それでも俺に駆け寄ろうとしたのだろう。持っていた荷物で何度もマネキンを叩いていた。

 だがマネキンはビクともせずにアイツを両手で掴んだ。そして――《捕食》した。

 スプラッターになった訳じゃない。どちらかと言えば、SF映画を見ているような光景だった。

 もうずっと前に筋肉隆々のハリウッドスターが主演した映画の二作目で、未来から主人公を暗殺に来る液体ロボットがいた。体が液体状になるからどんな姿にもなれるし、どんな武器も効かない、そんなロボットだ。

 まるでそれが液体化したかのように、銀色の液体と化したマネキンがアイツを頭から飲み込んでしまったのだ。

 銀色の液体だったから、中の様子はハッキリと分からなかった。だが中からは苦しそうに暴れるアイツのシルエットが見え、悲鳴が聞こえた。

 大きかった銀色の液体はどんどん小さくなり、アイツの等身大にまでなった。

 そして、俺がようやく立ち上がれるようになった時、銀色の液体は、本当に悪趣味なメタリックマネキンが生み出した。色は銀色――だが、形は完全にアイツを模倣していた。それが内側から徐々に着色されていくのだ。

 そうして、それは完全にアイツと瓜二つとなった。

 《スプレッター》戦闘員「ボクっ娘」として――それは今も存在し続けている。



 「……」

 俺はふと足を止めた。

 今はもう俺は一人暮らしだ。帰っても誰もいない。だからいつ帰ろうが何しようが誰も何も気にしない。

 そして、スプレッターに唯一対抗できる強化スーツを着ることができる人間だ。

 だがタダシ達は違う。もし襲われれば、人間にマネキン状態のスプレッターを止める力はない。

 まだ誰にも擬態していない状態のスプレッターを、組織は《クリサリス》――スペルは《chrysalis》で《サナギ》という意味だ――と呼んでいる。綺麗な蝶なる前段階という意味なんだろうが、あったら全部焼き払っちまいもんだ。

 それはそうとして、《クリサリス》の状態でスプレッターは手加減ということができない。ボクっ娘のように完全体になれば、人間と全く同じになるのだが――サナギの状態ではトラックすら手で止められそうな気がする。

 そしてクリサリスは、組織が管理している為か、夜以外行動を起こさないようだが――獲物を見つけると、どこまでも尾行し人目につかないような場所で襲い掛かってくる。

 そして獲物の対象となるのは、若く美しい女性だ。タダシはともかく、ショーコもハキハキしていて、とびきりとまではいかずとも美人の域には軽く達しており、襲われる危険性は確実に存在している。

 「……送った方が無難だな」

 俺は来た道を戻ることにした。

◆ ◆ ◆

「先輩ってケッコーおもろい人なんやねー」

 人気のない帰り道で、ショーコがそんなことを言った。

 いつもなら先輩は「帰りを待ってる人がいる」と言ってすぐに帰ってしまうから、今日が初飲みということになるんだろう。

 タダシも最初取っ付きにくそうな人だと苦手意識を持っていたのだが、今日の飲み会でほんの少しだけ先輩のことが分かった気がする。

 「あそこでいきなりスリーパーし始めるなんて驚いたわ。ま、ちょっと間の取り方がヘタやったけど、キャラとのギャップが中々見事やったわ」

 「そーだなー」

 タダシは適当に相槌をうった。「~ッス」というのは目上の人にしか使わないので、今はタメ口だ。

 ただ気になることがある。

 確かに先輩はテーブルを叩いたのを、冗談だと言った。

 だがどうしてもあの時に見えた先輩の瞳には、強い怒りが込められていたような気がしてならないのだ。

 かなり辛いことを聞いてしまったような気がする。

 「な。タダシ?」

 「ん?」

 「どないしたん? 元気ないよ?」

 「い、いや、なんでもねーよ」

 これ以上深入りしない方がいいだろう。タダシは今のことを全部忘れようと思った。

 「そいや、ショーコ。お前はどうだったんだ? 愛しの先輩との初飲みは?」

 タダシがそう聞くと、ショーコはいきなり耳まで真っ赤になって――

 「な、何言うとんの!? ウチは別に――」

 そう言い掛けた時だった。

 カチャ……

 「!」「!」

 背後からまるでロボットの足音のような音がしたのは。

 タダシもショーコもビクっとして背後を振り返るが、誰もいない。

 「……」

 「……」

 「……き、気のせいだったのか?」

 「……そ、そうみたいやね」

 タダシとショーコがほっとして正面に向き直った。

 その時だった。

 『―――――ッ!!?』

 二人の目に信じられない光景が飛び込んできたのは。

◆ ◆ ◆

「――きゃあああああああああああああああああっ!!」

 人気のない道に差し掛かった時、俺の耳には女の子の悲鳴が聞こえてきた。見るとD-フォンにはクリサリス・スプレッターの反応がある。俺は全速力で、反応のある場所へ向かった。
 「!」

 俺はそこで見た。

 道の横に倒れるタダシと、クリサリスに追い詰められているショーコの姿を。

 「た、タダシッ!! ……く、来るなっ!! こっち来たらアカンッ!!」

 気丈にもクリサリスに鞄で殴りかかるショーコ。だがそんなものがクリサリスに効くわけがない。にじり寄るクリサリス――

 ――同じだ。

 あの時と同じだ。俺とアイツの時と同じ――

 「……ま、待て……」

 タダシが、クリサリスの足を掴む。ずいぶん痛めつけられたのか、地面にうつ伏せのままでクリサリスを止めようとする。ショーコを助けたい一心なのだろう。

 「だ、ダメやっ!! タダシッ!!」

 ショーコが叫ぶ。だが、タダシは手を離さない。クリサリスは、まず邪魔なタダシを処理しようと思ったのだろう。大きく腕を振り上げようとして――

 「!!」

 俺は、咄嗟にD-フォンの暗証コードを入力し、叫ぶ。

 「――《化身》ッ!!」



 「――伏せろッ!!」

 俺は全速力で駆け出し、野球選手がバットを振る感覚で目の前のクリサリス目掛け――

 「バイブレードッッ!!」

 力の限りぶっ叩いた。

 強化スーツには筋力を爆発的に増大させる能力がある。俺の一撃で、クリサリス・スプレッターは5m程吹っ飛び、ショーコたちを庇うように立ち塞がった。

 「タダシを連れて逃げろっ!!」

 「えっ……あ」

 ショーコはしばらく考えていたようだったが、急にハッとしたように言った。

 「せ、先輩……?」

 「いいから、行けッ!!」

 俺の目の前には、首が曲がった状態でも平然と立ち上がろうとしているクリサリス・スプレッターの姿がある。

 それを察したのか、ショーコもタダシを肩に担いで逃げ出した。女の子でも、一緒にハードな倉庫仕事もこなせる彼女なら、小柄なタダシ一人を背負って逃げる力はあるだろう。

 「――ぶっつぶしてやるぜ、化け物」

 俺はまた、バイブレードを構えた。もう二度と、誰にもアイツのような思いはさせない。

 もう、二度と――

◆ ◆ ◆

「……へえ……。あれが、ドーテイダーね。中々可愛いじゃない……ふふっ」

 草葉の陰から、クリサリスとドーテイダーの戦いを見つめるものがいた。長く、美しい金髪をした色っぽい女性――に見えるもの――は、薄めの唇をぺろりと舌なめずりをした。色っぽい娼婦のようでもあり、まるで獲物を見つめる肉食動物のようでもある仕草を。

 「どうしますか、バニッシャー様」

 他の女――らしきものが声を掛けると、バニッシャーと呼ばれた女はクスクスと笑った。

 「二人は他のに任せて……彼には招待状を送りましょうか。……永遠に覚めない淫らな夢の……ふふっ」
 

 
 ショーコは、タダシを背負って、何とか大通りに出ようとしていた。人気のある場所まで行けば、おそらく大丈夫――あんな化け物に襲われることはないだろう。

 「ううっ……」

 「た、タダシ、大丈夫!?」

 「あ、ああ……」

 タダシは頭を振って言った。

 「さっきの化け物は……?」

 「今、先輩が戦ってる」

 「先輩って……な、何で先輩がッ!?」

 「ウチにも分からへんッ!!」

 ショーコが答えると、タダシは足を止めた。すぐに今来た道を帰ろうとする。

 「な、何する気やッ!!」

 「決まってんだろッ!! 先輩を……ッ!!」

 「行ったって何も出来へんッ!! 足手まといになるだけやッ!!」

 「だけど……ッ!!」

 タダシが悔しそうにそう言った時だった。

 「――ッ!?」「!?」

 周囲から、先ほど襲い掛かってきたのと同じ、クリサリス・スプレッターが出てきたのは。しかも十数体、二人を取り囲むようにして現れる。

 「――くそったれっ!!」

 タダシはショーコを守るようにして立ち塞がる。だが体はよろよろとしたままだ。

 「タダシっ!!」

 ショーコが叫んでも、タダシは引かない。必死で彼女を守ろうとしている。



 その時だった。

 「――はーい。そこまでだよー」

 大してやる気のない、何者かの声が聞こえてきたのは。ショーコがそちらの方を見ると、道の影から細身の女の子の姿が写った。

 赤み掛かったショートカットの童顔の女の子――ショーコは、彼女に見覚えがあった。以前秋葉原で先輩と歩いていた――話題の恋人(?)。

 彼女はニコニコした笑顔で、ショーコとタダシに手を振っていた。

 「やっほ~♪」

◆ ◆ ◆

「――くたばれっ!!」

 俺はとどめのバイブレードを、クリサリス・スプレッターの股間にぶっ挿した。バチバチバチと電気がショートする音を響かせて、クリサリスは塵と化す。俺はそれを見届けると、ほっとため息を吐いた。

 「――ふふっ、さすがね……」

 ふいに色気のある声が聞こえた。

 ゆっくりと振り返ると、そこには一人の女性がいた。長い髪をしたバニーガール姿の色っぽい美女……年は俺より少し年上くらいか。

 「アンタもスプレッターか……」

 「ふふっ。そうよ……でも、私はただのスプレッターじゃないわ。私は”バニッシャー”・バニー……組織の邪魔をする者、組織に必要ないものを処分する……処刑人よ。私は他のスプレッターと違って相手を洗脳する機能はついていない……」

 バニッシャーバニーはペロッと唇を舐めた。色っぽくも、妖しくて危険な動作……

 「私に出来るのは相手の精を吸い尽くすこと……そして、あとかたもなく消し去ることよ……ふふっ」

 ぞくっとするような笑みを浮かべながら、バニーガールは色っぽいしぐさで、俺の目前まで近づくと、そっと寄り添って囁いてきた。

 「……お姉さんと良・い・こ・としない? ふふっ。最高の快楽を味あわせてあ・げ・る……つまらない現実なんか忘れられるくらいに……」

 普通の男なら誰でも誘われてしまいそうな雰囲気を漂わせ、彼女は俺の股間に手を伸ばしたが――

 だが、俺はその途中で彼女の手を取り止めた。

 「……最近起こっているホームレスやニートの失踪事件、やっぱりお前達が関係してるのか、スプレッター」

 「だとしたら?」

 余裕満ちた大人の女性の色香を漂わせ、バニッシャーバニーは言う。

 「潰すだけだ」

 「あら、怖い……そんなにムキにならないで……」

 まったく怖がっていない口調で、バニッシャーバニーは笑って言った。

 「そんなに知りたいなら、教えてあげる。私について来る勇気があるならね……ドーテイダーさん」

 「……その名称はすでに確定なのか」

 俺はため息を吐きながら、そう言った。罠かもしれないが……ここで付いて行かなければ、二度と手がかりを掴む機会が失われるかもしれない。

 「……分かった」

 俺はそう答えると、歩き出すバニッシャーバニーの後ろについて行った……

◆ ◆ ◆

「う~ん……ま、軽い脳震盪だね。内出血はしてなさそうだし。ま、大丈夫だと思うよ」

 公園から離れた自動販売機の前で、タダシは、ショートカットの女の子に、頭を診られていた。ただ、その度目の前に彼女の大きな胸がすぐ前に来るため、内心はドキドキものだったが……

 「おほんっ」

 「!!」

 ショーコの咳払いにハッとして、タダシは我に返った。ずっとそれに見とれてしまっていたのだ。恐るべき胸……そしてこれが先輩のものなのか……

 タダシは内心で嫉妬の炎を燃やしていた。

 「……ところで、さっきの話なんですけど」

 ショーコがショートカットの女の子に尋ねる。年下に見えるのだが、本当に自分達より年上だと言うので、二人とも敬語を使っている。

 「本当の話なんですか、その……スプレッターとか、組織とか……先輩のこととか」

 「ウン。ホントだよ」

 ショートカットの女の子は、コクリと頷いた。

 さっきから聞いたのは、一昔前の特撮のような設定だ。人間の姿をコピーして、いつのまにか本人に成り代わり、他の人間を支配していく存在スプレッター……

 それに対して、たった一人で対抗しようとしている先輩の話……

 何もかも信じられなかった。

 でも――

 「見たでしょ、さっきの」

 ショートカットの女の子は世間話でもするような口調で話し続ける。先ほど囲まれたメタリックなマネキン――目の前にいるこの女性が《説得》して追い払ってくれた存在は現実には決してあり得ない存在だ。

 そして、怖くて尋ねられないが、目の前にいるこの女性のことも――

 「みんなはどこにでもいるし、ヒトが油断したら、いつでも捕食できるように構えてるんだ。捕食されたくなかったら、あんまり外に出ない方がいいよ?」

 「……化け物や」

 ショーコがポツリと呟いた。

 タダシもその意見には同意見だ。人間を影から狙っていて、いつの間にか成り代わろうとする存在なんて、化け物以外の何物でもない。

 だが――

 「化け物かぁ……」

 ショートカットの女の子は、どことなく悲しそうにそう言った。まるで自分のことを言われているような、そんな感じに見える。

 どうしたんだろう……

 タダシはそんなことを考えていたが――

 「……大丈夫なんやろか、先輩は」

 ふとショーコがそんなことを呟いた。

 確かに、あんな怪物相手にたった一人で挑むなんて無茶すぎる……

 だが――

 「大丈夫大丈夫。キミの知ってる先輩さんはねー、ああ見えてしぶといから」

 ショートカットの女性はあっけらかんと答えた。



 

―To Next Stage―

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